うどんの国の早すぎた「運賃プール制」は瀬戸内海を渡るのか

Photo by T/Y(CC by SA)
[1937-1945]戦時輸送の時代

広島市が2028年に予定しているアストラムラインの延伸にあわせて、バスと共通運賃の導入を検討するそうです。

ゾーン運賃? 均一の運賃体系? 運賃プール制? 私なりに調べてみました!

広島市は新交通システム「アストラムライン」の延伸に合わせ、路線バスと共同で新たな運賃体系を検討する。現在は市内中心部に限っていたゾーン均一の運賃体系を市郊外に拡大する。松井一実市長が明らかにした。延伸区間が全線開業する2028年ごろをメドに、ゾーンごとに運賃を均一にした運賃体系を導入する。新交通システムと路線バスにゾーン均一の運賃体系を導入すれば全国初となる。(中略)

市はゾーン内の均一運賃を導入することで、バス会社との価格競争を回避し、バスとアストラムラインが協調する関係を築く。「ゾーンを定め、料金を新たにして、収益を分けるルールを設ける」(松井市長)。アストラムラインを運行する広島高速交通(同市)やバス各社などの運賃収入をいったんまとめたのち、再配分する「運賃プール制」の導入を念頭に置いている。(後略)

出典:日本経済新聞(2019年3月14日) 下線は引用者による

【参考】アストラムラインって何なの?

トラムじゃないから恥ずかしくないもん!(関西大学に地下鉄警察が出動)

広島市の公共交通政策

広島市は2015年に「公共交通体系づくりの基本計画」を策定し、持続可能で利便性の高い公共交通ネットワークの構築に着手。その一環として2017年11月に、市内中心部(広島駅-新白島駅-横川駅-西広島駅-市役所-御幸橋-広島駅の一円)の広島電鉄(路面電車)と各社バスの運賃を180円に統一しました。

記事では「ゾーン均一の運賃体系」と書かれていますが、現在の運賃制度は一定区域内の「均一制」であり、いわゆる「ゾーン制」とは異なります。

「現在は市内中心部に限っていたゾーン均一の運賃体系を市郊外に拡大する」とありますが、均一区間の単純な拡大は運賃負担のバランスの面からみても困難です。運賃据え置きでは郊外部で採算が取れませんし、値上げをしたら都心利用者の反発を招くからです。そこで「新たな運賃体系」として「ゾーン制」の導入が検討されるわけです。

※記事中では広島電鉄への言及がありませんが「広島市内のバス路線再編に向けた取組と課題について(PDF)」によると、バス・軌道一体化した新しい運賃制度の検討が進められていることが分かります。

ゾーン制とは

ゾーン制とは、都心中心部から一定距離ごとにいくつかの区間に分け、移動したゾーン数により運賃が決定する運賃制度です。利用者にとっても事業者にとってもシンプルで分かりやすいというメリットがあるため、運賃共通化にあたってゾーン制を採用するケースが多いのです(もちろんデメリットもありますがここでは省きます)。

『広島市地域公共交通網形成計画』より引用

広島市が目指すのも、路面電車・新交通システム・バスの垣根を越えた共通運賃制度としてのゾーン制です。どの会社の電車・バスを使っても、どこで乗り継ぎを行っても、乗車場所と降車場所が同じなら同一運賃になるため、会社間の無駄な競争がなくなり、相互に補完しあう統一的な輸送サービスを実現できるというメリットがあります。

バスネットワークの再構築(抜粋)

本市においては、各方面から都心に向けて、様々な路線が運行されており、都心部、特に、広島駅・紙屋町間では、多くの路線が集中し過密な状況となっています。一方、郊外部では、サービスレベルが低い地域も存在しています。こうした状況を解消していくため、都心において路線を効率化するとともに、それにより生じた余裕をサービスレベルが低い地域にまわすなど、バスネットワークの再構築に取り組みます。

■わかりやすく使いやすい運賃体系の構築

路線再編に伴う利用者の負担を軽減するためには、乗継いでも直通と同程度の運賃となる乗継割引や、距離ではなく移動したゾーン数に応じて運賃が決まるゾーン運賃制の導入など、乗継割引の拡充が必要です。また、路線を統合した際の利用者の利便性を向上させるため、異なる事業者のバスでも同じ区間であれば乗車できる共通定期を導入する必要があります。こうした運賃体系の見直しに柔軟に対応できるよう現在の交通系ICカード(PASPY)システムの機能拡充に取り組むなど、利用者にとってわかりやすく使いやすい利用環境を実現します。

出典:広島市地域公共交通網形成計画(2016年12月)

海外の諸都市では、普通鉄道や地下鉄、路面電車、バスなど公共交通が「運輸連合」を結び、共同運賃制度をとる「都市交通の一元化」が進んでいますが、民間事業者を主体とする日本においては、ほとんど例がありません。

ただし民間だから不可能というわけではなく、韓国ソウルでは2004年から公共交通の共通運賃制度を導入し、自治体からの財政補填を行うことで、鉄道・地下鉄・バスについて、運営事業者はそれぞれの企業体のままで、距離制による共通運賃を実現しています(参考:下田雅己・清水哲夫「ソウル・京畿道における公共交通改革の考察 -共通運賃制度を中心にー」)。

実は日本においても全く例がないというわけではなく、戦時中の香川県で国有鉄道と民間事業者を巻き込んだ「運賃プール制」が導入されていたという、知られざる先進事例があったのです。

運賃プール制とは

「運賃プール制」とは冒頭引用した記事にもあるように、共同運賃制度の収入を何かしらのルールに基づいて各社に再配分する仕組みです。

※プール制は事業者側の配分の仕組みであって、「距離制」「ゾーン制」「均一制」など利用者から見た運賃制度とは別の話であることに注意が必要です。

これは戦時中の事例とはいえ、国家権力が強制して行ったものではなく、旅客の利便性を向上させ、交通問題を解決する新たな手法として、欧米の先進事例を参考に導入したものでした。

一連の経緯は、陸上交通事業調整法に基づく「交通調整」の実務を担った元鉄道省事務次官(後の営団総裁)の鈴木清秀氏の『交通調整の実際』が全てなので、そのまま引用いたしましょう。

香川県における交通調整

香川県は交通事業調整委員会において調整予定地域に指定せられたところであるが、四国における本州との重要なる連絡地位を占め、県内には屋島、栗林公園、金比羅宮、善通寺等の名所旧跡を有し県外より旅客も多数流入した。

県下の陸上交通事業は国有鉄道及び国営自動車の外に地方鉄道6社91キロ4、軌道3社30キロ6、バス事業45業者約900キロあって、高松、琴平、善通寺、多度津などを主点として激烈なる競争を行い、旅客は自由にその経路を選択することができず不便であり、かつ競争のため経済上の無駄を敢てしていた。これらのうち地方鉄道及び軌道は次の如くであった。

地方鉄道

  • 四国水力電気(公園前ー志度間)
  • 琴平電鉄(高松ー琴平間、塩江ー仏生山間)
  • 屋島登山鉄道(鋼索鉄道)
  • 八栗登山鉄道(鋼索鉄道)
  • 琴平急行電鉄(坂出駅前ー琴平間)
  • 琴平参宮電鉄(丸亀通町ー坂出駅前間、多度津桟橋通ー善通寺門前間)

軌道

  • 四国水力電気(高松桟橋ー公園前間)
  • 高松電気軌道(長尾ー出晴間)
  • 琴平参宮電鉄(丸亀町ー琴平間)

この地方鉄道、軌道及びバス事業の昭和11年度の輸送量は、1358万人で、大部が栗林公園、屋島、八栗、琴平、善通寺の観光および参拝等を目的とし、うち県外からの旅客は約200万人に達するものである。

運賃プール制による調整(国有鉄道、地方鉄道、軌道等参加)

香川県下の交通調整は東京地方の調整に相当の時日を要する事となったので、統合の前提として政府の勧奨に基づき、事業者が自主的に調整を行った。この自主的調整の進め方については、香川県の特殊性即ち、歴史的、地理的および商業経済的見地からして高松方面のいわゆる東讃地方と琴平方面の西讃地方と異なるものある実情を考慮し、一先ず両地域に分離することとされた。

然しながら琴平電鉄の如きは両地方に跨るものであり且つ東讃地方における大会社たる四国水力電気会社は配電統制により、本業たる電気事業の分離を控えるなどの事由があって各事業の合同を直ちに実行し得ないものがった。

これがため第二の策を選び将来合同の基礎を築くとともに旅客の利便を増進することが図られた。これは香川県かにおける国有鉄道、地方鉄道(屋島及び八栗の索道鉄道を除く)、軌道及びバス事業の一部を含み、運賃プールを行うことである。

即ち旅客は香川県下一定の地域については一枚の切符を買い求めることにより、参加交通機関を自由に選択して乗車利用を得られ、一方参加交通機関はその収入を一定期間の輸送実績に基づき配分取得するものである。この運賃プール計画は国鉄及び関係業者間に円満な協定が成立し、昭和16年9月15日に実施された。

これにより便益を受ける旅客は、年間260万人に及ぶ見込みで、かくの如き各交通機関協同の運賃プールは、我が国における最初の試みで当時において好評を得たところであるが、戦争の激化に伴い昭和19年1月10日廃止された。

香川県下運賃プールの概要

(1)従来琴平急行電鉄だけが国有鉄道との間に連絡乗車券の取扱をしていたが、琴平電鉄、琴平参宮電鉄、四国水力及び高松電気軌道の間にもその途を開き、旅客は国鉄及び各車線相互間を一枚の通し乗車券をもって乗車し得ることとした。

(2)高松―琴平間、坂出―琴平間、丸亀―琴平間、善通寺―琴平間など県下主要地点間の運賃を国鉄、社線とも同額に改正した。

(3)県下箸蔵―阿波池田間各駅と高松、坂出、丸亀、善通寺、琴平の各地点間に発着する旅客に対しては、各線に有効な共通乗車券を発売した。この共通乗車券は線路図入りの特別様式とし、旅客は大体最短経路による運賃で国鉄社線いずれの線にも自由に選択乗車し得るものであり、且つ高松市内においては、各社線の終端駅と国鉄高松駅との間ならば四国水力の電車のいずれの停留場までも乗車できるものとした。

(4)発着駅の如何を問わず国鉄と琴平電鉄及び高松電気軌道との連絡乗車券を所持する旅客は、一方から他方に乗り換えのため高松市内において乗車する場合は、四国水力の電車、高松市街バス又は高松乗合のバスの何れにでも更めて運賃を支払わずに乗車できることとした。

(5)従来各社区々となっていた旅客及び荷物の取り扱い方を国鉄と同様にした。

(6)共通区間の運賃収入の割賦率は次のとおりとした。
(イ)1か月分を合計して割賦率により案分する。
(ロ)割賦率は、一定期間共同調査を行い、その実績に基づいて定める。2回以上共同調査する場合は、前回調査の運輸量を加味して2回以後の割賦率を定める。
(ハ)四国水力、高松市街バス、高松乗合バスについても割賦は大体以上と同様の方法による。

各路線の統合・廃止を経て現在は高松琴平電気鉄道だけが残る(画像:ことでんwebサイトより)

決して不可能ではない

先駆的な運賃プール制は戦争と共に消え去ってしまいましたが、戦後においても運賃制度の在り方については様々な検討がなされています。

例えば「都市交通審議会」は1956年の第1回答申で「運賃およびこれに関する制度の適正化」として、各社を跨いだ利用時の運賃通算制の採用や、異なる経営主体(後の営団と都営)の地下鉄運賃の共通化の必要性を提言しています。

こうした提言は、営団地下鉄と都営地下鉄の乗り継ぎ割引の設定、拡充や私鉄と地下鉄の乗り継ぎ割引の導入など、ごく一部において実現したものの、「通算制の採用による乗客の負担の軽減は、そのまま鉄道企業の収入の減少をもたらし、企業採算を悪化させる」「現在の総収入を維持しようとすれば、逆に負担増になる人がでてくる」など、経営問題と切り離すことができず、本格的な実現には至りませんでした。

昭和31年の都市交通審議会第1号答申では通算制の採用が記載されたが,その後現在に至るまで実現には至っていない.昭和40年代には各社間の相互直通運転の開始(例えば,国鉄常磐線と営団千代田線)によって,割高な乗継運賃の問題が顕在化してきた.それ以前も路線ごとに乗継割引などの取り組みがなされてきたが,1984年に大手民鉄と地下鉄の間で本格的に乗継割引運賃制度が導入された.

出典:「都市鉄道における運賃システムの改善に関する研究〜通算制の検討〜」運輸政策研究機構

こうした声に対応(理論武装?)するためか、営団でも独自に運賃問題を研究していたようです。1980年代には将来のゾーン制導入を意識した運賃改定も行っています。

牛島営団総裁 たとえ経営主体が違い、業種は違っておっても何とかできないものかどうか。例えば全部の運賃をプールいたしまして、これをなんらかの方法によって割賦する方法はないだろうかというような点も種々検討されておるのでございます。これにっきましては各機関の間におきまして相当の犠牲を払うか、あるいは国家的に大きな基金をもって行うかしなければ、むずかしい問題であるということになっておるような次第で、研究はいたしておるような次第でございます。

出典:東京都公営企業委員会(昭和41年3月18日)速記録より

運賃問題は猪瀬直樹氏が地下鉄一元化を提言した時も話題に上りましたし、近年でも、東京メトロの山村社長が就任時に「通算化を検討していきたい」とコメントしたと報じられるなど、現在進行形の課題でもあります。

東京地下鉄(東京メトロ)は29日、山村明義社長(59)が東京都内で就任記者会見を開き「都営地下鉄との(乗り換え時に初乗り運賃の重複徴収をなくす)料金の通算化を検討していきたい」と述べた。東京五輪パラリンピックが開かれる2020年までの実現に向けて意欲を示した。

出典:日本経済新聞(2017年6月29日)

広島市はバス会社や広島電鉄と合意を取り付けることができるのか、事業者の経営上、また市の財政上の問題をクリアできるのか、決して簡単な道のりではないでしょう。かつて一時とはいえ日本で実現し、戦後も脈々と議論されてきた「長年の宿題」を解決することができるのか…

それは、調べてみましたがわかりませんでした!

お読みいただきありがとうございました!