トラムじゃないから恥ずかしくないもん!(関西大学に地下鉄警察が出動)

[1974-1994]国鉄の破綻と再生

関西大学は2月1日に行われた文学部、経済学部など4学部の入学試験の地理の問題に、出題ミスがあったと発表しました。

関西大学(大阪府吹田市)は28日、文学部など4学部の一般入試の地理の問題で、広島に地下鉄がないという間違った前提で出題するミスがあったと発表した。

大学によると、2月1日に167人が受験した地理で、誤った記述を選ばせるもの。「北海道、東北、中・四国、九州の各地方中枢都市には、すべて地下鉄路線がみられる」という選択肢を正答としていた。広島に地下鉄がないことを前提としていた。

出典:朝日新聞DIGITAL228日)

広島にお住まいの方でも「広島に地下鉄なんてあったっけ?」と思うでしょう。読み進めてくと次のように書いてあります。

合格発表後の25日、「広島高速交通(アストラムライン)の一部は地下鉄だ」と外部から指摘があり、調べたところ、同路線18・4キロ中0・3キロが、鉄道事業法で地下鉄として扱われていた。

出典:朝日新聞DIGITAL228日)

アストラムラインって地下鉄だっけ?!

見た感じ、地下鉄という感じはしませんね。仕組み上は、ゆりかもめや日暮里・舎人ライナーと同じ「新交通システム」つまりゴムタイヤで走る交通機関です。

しかし、まぁ、地下鉄と言えないこともないんです。

ただ引用した朝日新聞の説明は不十分(というか誤り)なのと、ツイッター上でも色々誤解がみられるようなので、地下鉄警察としてはハッキリしておかねばなるまいということで、記事を仕立てることにしました。

※地下鉄とは何ぞやという話を始めるとページがいくらあっても足りませんので、詳しく知りたい方は乗りものニュースの有料記事で書いていますので是非ご覧ください。

https://trafficnews.jp/post/80901

根拠法から考える

関西大学の問題がなぜ誤りか、各紙次のように説明しています。

  • 同路線18・4キロ中0・3キロが、鉄道事業法で地下鉄として扱われていた。(朝日新聞
  • 同市を走る新交通システムの一部区間は鉄道事業法に基づく鉄道区間で地下鉄とみなされ、解答できない設問だった。(毎日新聞
  • 一部区間が地下鉄の「アストラムライン」がある広島について、「地下鉄路線はない」とみなして問題を作っており、正解がない状態となっていた(読売新聞

読売新聞は「一部区間が地下鉄のアストラムライン」としか書いていないので除外するとして、朝日新聞と毎日新聞には「鉄道事業法」というキーワードが登場します。

鉄道事業法とは鉄道事業者の運営について定めた法律です。朝日新聞の書き方を見ると、法律が地下鉄か否かを区分しているように読めますね。しかし鉄道事業法には、そのような定義は存在しません。

鉄道事業法における鉄道事業の分類は下記の三種類だけです。

第二条 この法律において「鉄道事業」とは、第一種鉄道事業、第二種鉄道事業及び第三種鉄道事業をいう。

第一種とは自前で設備を持ち鉄道を運行する、いわゆる一般的な鉄道事業者。第二種とは線路を借りて運行する事業者。第三種とは線路を貸すだけの、自前では運行しない事業者のことです。つまりこれらは、地下鉄であるか否かとは関係ありません。

※鉄道事業法はこのほか、索道事業(ロープウェイやスキー場などのゴンドラリフト)と専用鉄道(企業などが自分の為だけにつかう専用の鉄道)についても定めています。

そもそも鉄道事業法に基づかない地下鉄も存在します。日本最古の公営地下鉄として開業した現在の大阪メトロは路面電車の根拠法である「軌道法」に基づいて運営されています。毎日新聞の「鉄道事業法に基づく鉄道区間で地下鉄とみなされ」という説明も不十分です。

補助制度から考える

毎日新聞の記事で重要なのは「新交通システムの一部区間は鉄道事業法に基づく鉄道区間」という点です。朝日新聞が数字を挙げているように、アストラムラインは全長18.4kmのうち都心方の0.3km(本通~県庁前)だけが鉄道事業法に基づいており、残りのほとんど全ての区間は軌道法に基づいて作られています。

アストラムラインは地下鉄でもあり、路面電車でもある?? 話がややこしくなってしまったかもしれません。

建設中のアストラムラインの橋桁が道路に落下して自動車を押しつぶし、多数の死者を出した1991年の事故を記憶している人はそれなりの年齢の方かと思いますが…この事故が示すようにアストラムラインは都心部を除き全線にわたって道路の上に建設されています。都心方の新白島~本通間1.9kmが道路下を主とする地下区間です。

ファイル:Astram Hondori Sta 20120624-1.JPG

地下駅である本通駅 photo by Taisyo(CC by 3.0)

日本の「鉄道」は法律上「道路以外に建設する鉄道(鉄道事業法)」と「道路上に建設する鉄道(軌道法)」に分かれています。都市モノレールや新交通システムも道路の上を走るという解釈により軌道法が適用され、高架橋などインフラ部の建設に道路財源から補助を受けられるのです。ではなぜ0.3kmだけ「鉄道」になってしまったのでしょうか。

佐藤信之先生の『モノレールと新交通システム(グランプリ出版)』によると、広島市は当初全区間を軌道法に基づくインフラ補助の対象として希望していたようですが「地下区間」の扱いについて、当時の運輸省と建設省が縦割りの縄張り争いで揉めたようです。

今はひとつの国土交通省になっていますが、鉄道は運輸省が、道路が関係する軌道は運輸省と建設省が共同で所管していました。特に道路下に建設する地下鉄の扱いをめぐって対立し、運輸省に取られた経緯があるだけに、地下までは面倒を見る筋合いはないとつっぱねたのでしょう(戦前に開業した大阪市営地下鉄だけが軌道で、戦後は全て鉄道)。

やむなく運輸省は地下区間は「鉄道」として建設することにして、インフラ補助に変わる補助金として、「地下鉄補助(都市高速鉄道建設補助)」を適用することにしたのです。両省の協議の結果、最終的に地下区間1.9kmのうち、県庁前~本通間0.3kmは鉄道として、1.6kmは高架から地下への移行区間と解釈して軌道の扱いになりました。

鉄道区間の建設費は240億円、そのうち136億円を「地下鉄補助」として国と広島市が折半して交付しました(ちなみに総工費が1744億円)。これが、この区間が「地下鉄」であるという根拠です。

しかし結局のところ、アストラムラインの地下区間が地下鉄だから「地下鉄補助」を適用したのではなく、建設省にインフラ補助を断られたため、運輸省が補助金を交付できる「地下鉄補助」を選択したというのが実際で、因果が転倒した話なのです。

地下鉄協会から考える

一般社団法人日本地下鉄協会という組織がございます。「地下鉄の定義」として、地下鉄協会に加盟しているかどうかという基準を挙げる人がいます。

地下鉄協会は、1980(昭和55)年1月に「我が国の地下鉄事業者及びその関係者が共同して、相互の連携を密にし、地下鉄に関する知識・情報の交換、調査研究、内外技術の交流、建設整備及び運営に関する諸問題の解決に協力し、もって大都市交通体系としての地下鉄の発展に寄与する」ことを目的に設立された組織です。

公式ウェブサイトにある「日本の地下鉄」一覧を見ると、東京メトロ、大阪メトロと8都市の公営地下鉄に加えて、北総鉄道、埼玉高速鉄道、東葉高速鉄道、東京臨海高速鉄道、横浜高速鉄道、広島高速交通を地下鉄事業者として紹介しています。広島高速交通が運営している路線がアストラムラインです。これが地下鉄協会が認める「地下鉄」なのでしょうか。

しかし、ここに紹介されている事業者イコール協会会員というわけではありません。規約によると、普通会員になれるのは以下の事業者で、

(1)地下鉄事業を営み、又は営もうとする法人
(2)地下鉄と相互乗入れを行い、又は行おうとする鉄道を経営する法人

会員名簿を見ると前述の10地下鉄に加えて、JR東日本、東急、小田急、阪急、東武、京成、阪神、京急、近鉄、京阪、名鉄、京王、西武、山陽、北大阪急行、神戸電鉄と、地下鉄と相直を行っている事業者が並びます。さらに北総鉄道、埼玉高速鉄道、広島高速交通、東葉高速鉄道、横浜高速鉄道、大阪港トランスポートシステムが加盟しており、先ほど一覧に取り上げられていた東京臨海高速鉄道は会員ではありません。

以前、地下鉄協会に「日本の地下鉄」一覧の基準は何かと確認したところ、加盟会社のうち都市交通に関する補助を受けた路線を中心に、事業者の意向で掲載しているとのことでした(あ、でも臨海さんは未加盟ですけどねーと緩い感じで)。また3セク会社を中心に、加盟しないか声をかけているということでした。つまり、ぜんっぜん基準にも参考にもなりません。

地下鉄補助の対象が地下鉄?

アストラムラインが「地下鉄」である根拠として用いられる「地下鉄補助」ですが、前項で紹介した「いわゆる地下鉄」が、必ずしも地下鉄補助によって建設されているわけではありません。かつては「地下鉄補助」が適用される事業者は営団と公営地下鉄に限られており、第3セクター会社は対象外でした。そのため似たような位置づけの路線でも、建設された時代によって補助制度が異なります。

「埼玉高速鉄道」の画像検索結果

埼玉高速鉄道は誰が見ても「地下鉄」です(公式サイトより)

埼玉高速鉄道は途中で地下鉄補助対象が広がったため、赤羽岩淵駅から鳩ヶ谷駅間が地下鉄補助区間、鳩ヶ谷駅から浦和美園駅間がP線方式で建設されました。「P線方式」とは日本鉄道建設公団が建設した路線を25年ローンで支払う補助制度です。東葉高速鉄道も全線P線方式で建設されています。

そのため「アストラムラインは地下鉄補助を使ったから地下鉄である」と定義すると、「東葉高速鉄道や埼玉高速鉄道の鳩ヶ谷~浦和美園間は地下鉄ではない」ということになってしまいます。これではちぐはぐです。

「地下鉄の定義」問題は奥が深いので、是非みなさんでも考えてみてください(再掲・宣伝)