フォークソング「地下鉄にのって」と丸ノ内線の半世紀―あるいは、ぼくときみの間にて

[1957-1973]地下鉄はまだか

丸ノ内線の新型車両「2000系」がいよいよデビューしました。早くも3編成が営業運転に投入されているようなので、ツイッターでも目撃・乗車の報告が相次いでいます。2023年3月までに全53編成を置き換える計画で、これから1カ月に1編成のペースでどんどん増えていきます。

そんな丸ノ内線を歌った曲といえば…? いえ、まぁ、もちろん「丸の内サディスティック」でもいいんですが、今回取り上げたいのは70年代に活躍したフォークバンド「猫」の代表曲である「地下鉄にのって」。作曲は吉田拓郎で、彼自身が歌っているバージョンもあります(動画)。

映画帰りの丸ノ内線車内で、ぎこちない会話から先に踏み出せない男女のもどかしさを歌ったこの曲、丸ノ内線が重要な舞台装置になっています。岡本おさみの作詞した歌詞が、実に巧みに丸ノ内線の走行風景を描写しているのにお気づきでしょうか。

ねえ君 何を話しているの
だからさ 聞きとれないよ

もっと大きな声で
もっと大きな声で

でなけりゃ
次の駅にとまったら

走り出すまでの あのわずかな
静けさに話そうか

今 赤坂見附をすぎたばかり
新宿までは まだまだだね

猫「地下鉄にのって」 作詞/岡本おさみ 作曲/吉田拓郎

この曲が発表されたのは、すでに半世紀近く前となった1972年。丸ノ内線に、初代・赤い電車が走っていた時代です。

地下鉄博物館の300形保存車

300形保存車の車内

丸ノ内線に車内冷房が整備されるのは初代赤い電車が引退する1990年代以降のこと。それまで夏は、窓から取り入れる外気と扇風機(ファンデリア)から送り込まれる風に頼る他なく、窓を開けながらトンネルを走行する地下鉄の車内は、隣の人の話し声も聞こえないほどにうるさかったのです。

あいまいに「きみ」に相槌する彼ですが、次の駅で発車までのわずかな静けさの中で話しかけようかと思いつきます。走行中の車内はうるさい、停車すれば静かになると、単純な対比を思い浮かべますが、その次に丸ノ内線の電車が、どこを走っているのかが判明します。電車は今、赤坂見附を過ぎたばかり。そう、次は四ツ谷なんですね。

ご存知、四ツ谷は丸ノ内線に2つだけある地上駅。トンネルから抜け出して、車内に反響していた走行音から解き放たれる瞬間を彼は待っていたのです。でも、映画の感想を交わすだけで、それ以上の話ができない。ましてやもっとそばに来てほしいなんて伝えることもできません。

そう君 とってもよかったの
今日の 映画はとても

もっとそばにおいで
もっとそばにおいで

車輪の悲鳴が 何もかも
こなごなに 立ち切ってしまう

もう おだやかな
静けさにもどれない

今 四谷を通りすぎたばかり
もう うんざりするほどいやだよ

猫「地下鉄にのって」 作詞/岡本おさみ 作曲/吉田拓郎

四ツ谷を出ると、急カーブを左に曲がりながらトンネル区間に戻ります。車輪とレールの軋み音が車内に響き渡り、二人の会話は再び引き裂かれてしまいます。終点まで、四ツ谷のような静けさが訪れることはありません。

丸ノ内線建設史(下)に掲載の平面図を筆者が加工

ちょっと新宿に寄っていかない? 切り出さなければ、彼女はこのまま帰路につくだけ。彼は何もできない自分にうんざりしながら自問自答を繰り返すしかありません。

ねえ君 もう降りてしまおう
だからさ 次の駅でさ

ここはどこの駅かな ここはどこの駅かな
いいさ 次の駅にとまったら
何かを始めるように そこから歩いてみよう

次で降りるよ
君も もちろん降りるんだろうね
でも君は そのまま行ってもいいよ

猫「地下鉄にのって」 作詞/岡本おさみ 作曲/吉田拓郎

四ツ谷を出ると次は四谷三丁目、新宿御苑前と雰囲気の似た相対式ホームの小駅が続き、ここはどこかな、新宿まであと何駅だ、気持ちがはやります。新宿御苑前の次は新宿三丁目。次の駅についたら切り出そう、降りてしまおう、もう踏み出すしかない。でも、君はついてこないかもしれないね、なんて虚勢を張ってみたり。

結局彼はどうしたのでしょう。ひとり新宿の夜に消えたような気もしますね。映画を見たのが銀座だとしたら、新宿まで15分間の喧騒の車内で男がうじうじする、そんな歌ですが、これほどまでに地下鉄の車内を描写し、車窓と心情を重ねた歌はそうないのではないでしょうか。マイベスト「地下鉄ソング」です。

しかし最新型の2000系なら、彼がもどかしい想いをすることもありません!

強化された冷房装置で車内は涼しく、わざわざ窓を開ける人など誰もいません。カーブにあわせてステアリングする自己操舵台車によって、急カーブの軋み音も大幅に低減されています。携帯アンテナもWiFiも完備。彼女はスマホで「デート」のダメ出しをSNSに投稿しつつ、静寂の時間。どこの駅かなと迷う間もなく、自動放送と車内ディスプレイで現在走行位置も完璧に把握できるのですから。

おそらく当時と変わらないのは、新宿駅でひとり下車する彼の姿だけでしょう。

 

おことわり

この記事は著作権法第32条に基づき、批評のために歌詞を引用しています。歌詞全文の引用について、文化庁は「著作権Q&A 」において次のような見解を示しています。

Q:歌詞の引用は、一節であっても引用が認められないと聞きましたが、本当ですか。

A:引用の要件に合致するものであれば、必ずしも一節を超える(場合によっては全部の)引用が許されないものではないと考えられます。歌詞や楽曲の全体の長さや引用している分量の必要性などの点から個別具体的な検討を行った上で正当な引用であるか否かが判断されることになります。