台湾の特急列車「プユマ号」は保安装置を切って運転していた?―日本の過去事例を振り返る

写真:台湾新聞(香港01)
運転

鉄道は極めて安全な乗り物である。ただしそれは、列車が適切に制御されている場合に限った話である。

先日、台湾で特急列車が脱線転覆して多くの死傷者が発生する痛ましい事故が発生した。ひしゃげた列車が折り重なるように横たわる姿は、私たち過去の大事故を想起させ、心をざわつかせる。事故原因は本格的な調査を待たねば断言できないが、カーブで列車が脱線した直接の原因は、制限速度の2倍もの速度で急カーブに突入したことによる転覆で間違いないようだ。

福知山線脱線事故や、マルボーン・ストリート事故など、これまで幾度も繰り返された事故である。

労使問題によって追い詰められた運転士がオーバーランを繰り返した後に速度超過で急カーブに突っ込み脱線転覆して100人くらい死んだ事故のはなし

「なぜ大幅に速度超過をしたままカーブに突っ込んだか」という核心については、運転士への聴取やデータの解析を重ねて解明が進んでいくものと思われるが、現時点で明らかになっている大きな問題点として次の事項が挙げられている。

すなわち、本来であれば「ATP」が制限速度以上の加速を防ぎ、速度超過は起こりえないはずであるが、肝心の「ATP」が作動しなかったという事実である。運転士が自らATPの電源を切ったとも報じられている。

「ATP(Automatic Train Protection)」とは、日本のATSやATCに相当する安全装置だ。日本の場合、ある地点で進行の可否や速度をチェック(点制御)するものはATS、常時チェック(連続制御)するものはATCと分類されるが、ATPという用語自体は具体的な機能を意味するものではない。

台鉄webサイトによると、台鉄で使われているATPは2007年に導入されたETCS Level 1相当の装置(カナダ・ボンバルディア社製)とのこと。ETCSとはヨーロッパの信号保安装置の規格で、Level1はJR東日本のATS-Pに相当するパターン制御を行う装置なので機能に不足はない(このカーブで速度照査が行われていればの話であるが)。

ブレーキパターン制御を行っている(台鉄webサイトより)

地車間通信にトランスポンダ(地上子)を利用した方式で、日本のATS-Pに相当する。ATS-Pと異なり、標準では車内信号方式であるが、地上の信号機を存置することもできる。地上と車上の通信は「ユーロバリーズ」(Eurobalise)と呼ばれるトランスポンダを介して行う。
車両側には“European Vital Computer(EVC)”と呼ばれる車載コンピュータを搭載し、“ETCS Trainborne”と呼ばれる車載側システムで、地上から受け取った信号現示や開通している進路の情報を元にブレーキパターンを計算して保持し、列車制御を行う。列車の位置検出は軌道回路によって行う。

出典:ウィキペディア ETCS

台鉄では2007年にも、ATPを切った状態で走行して正面衝突する事故(台鉄大里駅事故)が発生しており、運転士の安全教育に大きな問題があるとみられる。

日本の国鉄では、1962年に発生した三河島事故を契機としてATSの整備が本格化する。

地下鉄漫才の春日三球が三河島事故で亡くした相方のはなし

当初は単なる警報装置で運転士が無視すれば事故を防げない代物だったが、強制的に停止させる機能が付与され、停止させる条件が追加され、速度のチェック機能が追加され、機械がカバーする範囲が次第に広がっていく。とはいえ、せっかく保安装置が付いてても、使い方を誤った結果事故に至ったケースは日本でも過去複数ある。

1984年の阪急神戸線六甲駅列車衝突事故は、山陽電鉄運転士が故意にATSを切った状態で走行し、事故に至った言語道断のケースである。

1988年のJR東日本東中野駅列車追突事故は、旧型ATSの機能不足により発生した事故である。当時使われていたATS-Bは、赤信号が近づくと警報が鳴動し、5秒後に非常ブレーキがかかる仕組みだったが、確認ボタンを押せばそのまま止まらずに進むことができた。慣れてしまうと条件反射的にボタンを押すので、ATSが利かない状態での運転が常態化していた(山手線・京浜東北線は1970年代に同様の事故が発生したためATC化されている)。この事故を受けてJR東日本は新型ATS(ATS-P)の導入を前倒しした。

1997年8月のJR東海東海道線片浜列車追突事故は、ATSの例外規定が招いた事故である。当時、駅間の信号機(閉塞信号機)が赤信号のまま1分以上変わらない場合、15km/h以下の速度で進んでよいという無閉塞運転の規定があった。何かあった時に目視でも停止できるよう、15km/hの速度制限が課せられているのだが、途中で先行列車に対する青信号を自車に対するものだと誤認し、制限速度を超過したため、先を走る貨物列車に追突した。2002年にもJR九州で同様の事故が発生し、運転士の判断による無閉塞運転は禁じられることとなった。

1997年10月に発生したJR東日本大月駅列車衝突事故は、運転士が無意識にATSを切ってしまい、信号を誤認したことで通過中の特急列車と衝突したものである。運転中はATSを切れないように車両を改造し、やむを得ずATSを切って行う作業の範囲を見直した。

鉄道は経験工学である。日本も多くの失敗と犠牲の上に安全性を向上させてきた。最新型の機械をいくら揃えても、それだけでは安全は確保されない。鉄道技術の海外輸出にあたっては、仏作って魂入れずにならないよう願いたいものだが。