東急「12カ月定期券」で何が変わるか

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電車で通勤・通学している人にとって相棒ともいうべき存在が「定期券」です。定期券の買い替えシーズンになると、まとまった金額を用意したり、混雑した駅窓口に並んだりと、色々面倒ごとが多くて憂鬱な気分になる人も少なくないでしょう。

皆さんは何カ月おきに定期券を購入していますか。会社勤めの方は6カ月定期、休みが長く金銭的にも余裕がない学生さんは1カ月単位で買うことが多いかもしれません。

ほとんどの鉄道会社は「1カ月定期」「3カ月定期」「6カ月定期」の3種類の定期券を発売していますが、東急電鉄は2018年3月から新しく「12カ月定期」を加えると発表し話題になりました。12ヵ月定期の発売額は、1ヵ月定期を12倍にした額を1割引し、10円未満の端数を切り上げたものになるそうです。

東京急行電鉄(東急)は1月9日、国土交通省関東運輸局に対して、有効期間1年(12カ月)の定期乗車券(定期券)を発売するための、鉄軌道旅客運賃の設定認可申請を行なっ...

プレスリリースはこちらから(PDF)

ちなみに「12カ月定期券」自体は初めてのものではありません。たとえは茨城県のひたちなか海浜鉄道や青森県の弘南鉄道は「年間通学定期券」を発売していますし、戦前は国有鉄道や現在の京急、東急が12カ月定期券を設定していたことがあります(東急は1942年に廃止)。

 

「12ヵ月定期券」のメリットは?

利用者にとって定期券のメリットとは「毎日きっぷを買う手間が省ける」「前払いすることで運賃が割引される」の2点に集約されるでしょう。同様に定期券の期間が長くなれば、つまり1カ月定期を12枚買うよりも6カ月定期を2枚買う方が買う手間を省けますし、割引率も増えるというわけです。

それでは12カ月定期を買えばもっとお得になるのでしょうか。田園調布から渋谷まで1年分の通勤定期券を購入すると仮定して、実際の金額を比べてみましょう。

きっぷ(200円)×365日×往復(2回)=146,000円
1カ月定期(7,390円)×12回=88,680円(割引率39.3%)
3カ月定期(22,170円)×4回=84,280円(割引率42.3%)
6カ月定期(43,910円)×2回=79,820円(割引率45.3%)

定期券の期間が長くなるほど割引率が3ポイントずつ増えていることがわかります。では12カ月定期はさらに48.3%割引に? 残念ながらなりません。先ほどの計算式を当てはめると12カ月定期の運賃は次のとおりで、6ヶ月定期券と割引率は変わらないことが分かります。

12カ月定期=1カ月定期(7,390円)×12カ月×90%=79,820円(1円単位端数切り上げ)

しかも12カ月定期導入は東急電鉄単独の取り組みなので、JRや東京メトロなど12カ月定期を発行していない他の鉄道会社との連絡定期券を購入することはできません。東急線だけを利用して通勤する人は限られますし、更なる割引も無いとなれば、12か月定期のメリットはあまりないように思えます。

12カ月定期導入の狙いは何なのか。東急電鉄は毎日新聞の取材に対して次のようにコメントしています。

東急には長年、4月など定期券購入が集中する時期を中心に「定期券をストレスなく買いたい」という声が寄せられていた。このため、午前10時から午後8時まで営業している定期券売り場のほか、2004年3月からは定期券が購入できる券売機を導入し、横浜高速鉄道が所有するこどもの国線の「恩田」と「こどもの国」を除く全駅に設置。さらに16年3月から、インターネット経由で定期券の予約をするサービスもスタートした。しかしその後も定期券に関する要望は根強く、1年定期券の導入につながったという。

出典:毎日新聞2018年1月28日「1年定期券発売の理由とは」

様々な取組みを進めてきたのは分かりますが、これだけでは東急電鉄がどのような「課題」をもち、どのような「狙い」で12カ月定期導入に踏み切ったのかよく分からないので、もう少し時間軸を広げてみましょう。

 

定期券は紙から磁気、そしてICカードへ

首都圏の鉄道会社で自動改札機が本格的に普及したのは1990年代に入ってからと、意外と最近のことです。それまでの定期券は紙の券面を改札の駅員に見せて利用していましたが、磁気カードの導入により定期券は機械で発行し、機械にデータを読み取らせて使うものに変わりました。

一部の鉄道会社では90年代末には券売機で定期券の継続購入ができるようになり、2000年代半ばになると新規購入にも対応するようになりました。それまで定期券を購入するためには主要駅に設置された定期券売り場に行かなければならず、窓口はいつも混雑していましたが、各駅の券売機で定期券を購入できるようになったことから鉄道各社は定期券売り場の整理・統合を進めています。

続いてJRでは2001年からSuicaが、私鉄では2007年からPASMOが導入され、定期券も磁気カードからICカードに移行します。現在では鉄道利用者の9割以上がICカードを利用しており、券売機はチャージや履歴印字の時以外あまり使われなくなったことから、鉄道会社は券売機の設置台数の見直しを進めています。きっぷ売り場をよく見てみると、券売機が取り外され塞がれたカウンターが多くあることに気付く事でしょう。

以前はきっぷ売り場には様々な種類の券売機が並んでいました。近距離きっぷのみを発売する機械、連絡切符や回数券を発行できる機械、イオカードやパスネットを発売する機械などなど。最近では券売機の総数を削減する代わりに、これらの機能を統合し、定期券発売やICカード処理機能を追加した「何でもできる多機能券売機」の導入が進んでいます。

昔の改札は通路の数だけ駅員が立っていましたが、自動改札機導入によって改札要員を大幅に削減することができました。同じように、定期券売り場の縮小によって駅構内のスペースを有効活用したり、券売機の台数を減らしてコストを削減したいと考えています。利用者に受け入れてもらうためには、機械化によってもっと便利になったと感じてもらわなければなりません。

 

通学定期券という鬼門

ただ、自動券売機による定期券発売にも2つの課題が残っています。

ひとつは「4月や10月といった定期券購入シーズンに需要が集中して券売機でさえも大混雑してしまう」こと。もうひとつは「通学定期券発行は通学証明書の確認が必要になるため機械では発売できない」ということです。そこで東急、東京メトロなど一部の私鉄は2016年3月から「定期券Web予約サービス」を開始しました。

東急電鉄の定期券ネット予約サービスに関するページです。
東京メトロのPASMO・乗車券「定期券Web予約サービス」をご案内します。

詳しくは各社webサイトをご覧いただければと思いますが、要は事前にネットで必要事項を入力しておけば、券売機で支払いするだけですぐに定期が発行されるというサービスです。さらに駅員によるチェックをかませることで駅の券売機でも通学定期券を発行できるようになりました。

ただ導入から2年近くが経過したものの、未だに「利用者のストレス」が解消しないことから、券売機の利用頻度をもっと減らすための新たな取組みとして12カ月定期が登場したというわけです。
以上をふまえて考えると、東急電鉄の本当の狙いが見えてきます。

定期券を買う頻度が一番多い利用者層は?
定期券購入時にもっとも手間がかかる利用者層は?
東急線内で完結する利用が多い利用者層は?

12カ月定期のターゲットは通学定期券でしょう。もちろん、ゆくゆくは他社にも12カ月定期を導入してもらい、通勤利用者にも広げたいと思っているでしょうが、当面の券売機混雑対策としては高校生、大学生のシフトを期待していると思われます。

このあたりは沿線に高校・大学を多く擁し、沿線で生活を完結させる人の多い東急電鉄ならではの取り組みと言えるかもしれません。割引の大きい通学定期券とはいえ、12カ月分まとめて払えばそれなりの金額になりますが、それも東急沿線在住層なら抵抗感が少ないという見立てもあるのでしょうか。

今後12カ月定期が東急沿線に定着するかどうか、また他社にも広がっていくかどうかは、通学定期券の移行状況によると思いますので、引き続き経過を見守ってみたいと思います。

 

実はこんなに違う定期券

ところで、定期券はどの鉄道会社でも同じようなものだと思っていませんか?
例えば同じ200円区間の定期券でも、JRと東急と東京メトロでは割引率が違うのです。

JR(東京・渋谷)
1カ月定期5,820円(割引率51.5%)
3カ月定期16,580円(割引率54.6%)
6カ月定期27,920円(割引率61.8%)

東急(渋谷・田園調布)
1カ月定期7,390円(割引率39.3%)
3カ月定期21,070円(割引率42.3%)
6カ月定期39,920円(割引率45.3%)

東京メトロ(大手町・渋谷)
1カ月定期7,480円(割引率37.7%)
3カ月定期21,320円(割引率40.8%)
6カ月定期40,400円(割引率43.9%)

JRの定期券は私鉄よりも割引率が高いだけでなく、6カ月定期になると割引率が一段と高くなります。JRの定期券を買うのであれば6カ月定期が断然お得です。

一方、東急やメトロの定期は1カ月単位で買うとお得でなくなるケースすらあります。週休二日制の場合通勤するのは7日中5日間、さらに国民の祝日・休日が年間15日に、お盆や年末年始の休業期間、有給休暇を併せると意外と休みは多いのです。よく求人に「休日120日以上」とありますが、この計算に従えば出勤するのは年間245日、月平均20.41日となります。メトロの1カ月定期の割引率を月20日で計算しなおすと…

200円×20日×往復=8,000円
1カ月定期=7,480円(割引率 6.5%)

と随分印象が変わってきます。普通回数券を使えば1回あたり182円(10枚分の価格で11枚つづり)で利用できますから、182円×20日×往復=7,280円と定期券よりも安くなってしまうのです。

 

とはいうものの会社勤めの人は会社が通勤費を出してくれますし、定期券が得なのか損なのか、深く考えたことはないかもしれません。よく考えてみると定期券とは不思議なものだと思いませんか。なぜ会社が通勤費を払ってくれるのでしょうか。定期券の割引率が各社異なるのはどうしてでしょうか。

定期券の制度がどのように誕生し、日本の社会に定着してきたのか、次回は「歴史」の側から見てみたいと思います。