その時、地下鉄で何が起きていたのか―帝都高速度交通営団史に見る地下鉄サリン事件

写真:読売新聞
[1995-2011]

2004年に発行された『帝都高速度交通営団史』に地下鉄サリン事件の概要がまとまっているので紹介する。1枚の写真と2枚の図以外は基本的に営団史をそのまま引用している。

地下鉄サリン事件概要

1995(平成7)年3月20日午前8時過ぎ、営団の3路線5列車内で有毒ガス事件が発生し10名のお客様がお亡くなりになり、営団職員2名が殉職し、さらに5600名以上(営団職員236名を含む)のお客様が重軽傷を負われるという事件が発生した事件はのちに、オウム真理教信者が霞ケ関駅を経由する丸ノ内線・日比谷線・千代田線の列車を標的に、無差別殺人を意図してサリンをまいたものであることが判明した。

地下という閉鎖された空間のしかも逃げ場のない走行中の列車内に、強力な殺傷能力をもつ有毒ガスを意図的にまくという、世界にも類を見ない凶悪事件であった。車内で異臭が発生し、倒れるお客様が続出する等の被害は、事件発生直後から短時間のうちに、各現場から運輸指令所と本社へ相次いで通報された情報が錯綜する中、事態の全容をすぐに把握することは困難であったが、運輸指令所と本社は正確な情報の収集に努めた。

写真:公安調査庁ウェブサイトより

被害発生現場の駅では、営団職員を始め、お客様、警察官、消防署員等が協力して被災者の救助、医療機関への搬送等の懸命な緊急救助活動を行った。さらに事件発生とともに、各医療機関では、直ちに被災者の治療や重傷者の収容に当たる等、特別な受入れ体制をとったほか、医師、看護師等が直接被害発生駅に直行し医療救護活動を行った。

また、警視庁、東京消防庁、陸上自衛隊の三者は、被害のあった駅に立ち入り、駅構内及び列車内の有毒ガスの検知や洗浄等を行った。

事件発生時の路線別、車両別の対応状況

[丸ノ内線A777列車](6両編成)

8時26分中野坂上駅到着時、降車したお客様から担当運転士に車内に急病人がいるとの申し出があった同運転士が現場に急行したところ、2名のお客様が駅係員に救出されていた。車内を点検したところ、第3車両No.2ドア付近の床がぬれており、異臭のする透明なビニール袋が2個あったビニール袋は駅係員が駅事務所に搬送し、警察に引き渡した。その後、荻窪駅で車内を清掃したが、刺激臭が強いため新高円寺駅から降客回送した。(お客様1名死亡)

[丸ノ内線A801列車](6両編成)

8時40分ごろ、後楽園駅発車後、お客様から異臭がする旨の申し出があり、8時43分本郷三丁目駅到着後、駅係員が車内から新聞紙に包まれた異臭発生物をホウキとチリ取りで車外に取り出し、警察に引き渡した。次の御茶ノ水駅到着時、駅係員が第2車両No.1ドア付近の床清掃を行った。その後、新宿駅で折り返し、国会議事堂前駅到着時に運輸指令所の指示により降客回送して茗荷谷駅に入庫した。

[日比谷線A720S列車](8両編成)

8時02分小伝馬町駅到着時、第3車両の車内から、お客様が新聞紙に包まれた異臭発生物をホームにけり出した8時06分茅場町駅で降車したお客様から、駅係員に異臭がする旨の申し出があり、現場に急行したところ、ホームに倒れているお客様を発見したので救助した8時08介八丁堀駅を発車後、車内非常通報器のブザーが鳴動した。築地駅到着時、列車のドアが開くと同時に、お客様が一斉にホームに飛び出した。その後、運転休止となり築地駅A線止まりとなった。(お客様8名死亡)

[日比谷線B711T列車](8両編成)

8時05分ごろ、広尾駅で異臭を伴う液体が車内にこぼれている旨、降車したお客様から駅に申し出があった。8時11分神谷町駅到着時、お客様から担当車掌に車内に異臭があり、しかも倒れている人がいるので来てほしいとの申し出があった。現場に急行したところ、第8車両No.1ドア付近左側の座席下に透明でどろっとした液体が2m四方ほどに広がっており、新聞紙に包まれた弁当箱大の不審物があった。運輸指令所に報告後、霞ヶ関駅まで運転し、同駅到着後運転休止となった。(お客様1名死亡)

[千代田線A725K列車](10両編成)

8時12分霞ケ関駅到着時、担当運転士は、同駅立会い中の菱沼助役(代々木電車区)から「お客様から車内が汚れているとの申し出があったので、清掃を行う」旨の通告を受けた。菱沼助役とホーム整理中だった高橋助役(霞ケ関駅務区)は、第1車両No.3ドア付近に異臭のする液体が広がっていることを確認し、協力して新聞紙でふき取りホームまで搬出した。さらに国会議事堂前駅到着後、同駅係員がまだ液体が広がっているのを確認し、おが屑をかけホームに掃き出したのちモップと布でふき取った。その後、運輸指令所に連絡、降客回送の指示を受けて、代々木上原駅で折り返し、綾瀬駅でJR運転士に引き継ぎ、松戸駅に入庫した。(職員2名死亡)

被害車両別の災害状況図(帝都高速度交通営団史を参考に作成)

赤地の号車にサリンがまかれた。いずれも霞ケ関駅で庁舎側出口に近い車両である。

事件発生から運転再開までの時系列

3月20日
8時14分 日比谷線築地駅到着のA720S列車から「車内で白い煙発生、列車から降りたお客様がホームで倒れている」との報告を受け、運輸指令所は日比谷線「全線発車待ち」を指令した。
8時26分 丸ノ内線中野坂上駅着A777列車内で2名のお客様が倒れた。
8時35分 日比谷線各駅及び列車内に多数の急病人発生との報告を受け、運輸指令所は「日比谷線全線営業停止」を指令した。同時に日比谷線全駅のお客様を駅の外に避難させ、駅係員と乗務員も避難するように指示した。
9時12分 警察からの要請により、丸ノ内線・千代田線ともに、霞ケ関駅を通過扱いとした。
9時19分 警察からの要請により、丸ノ内線中野坂上駅を通過扱いとし、丸ノ内線分岐線(中野坂上·方南町間)は営業停止とした。
9時30分 第一種非常体制を発令し、本社3階に災害対策本部を設置した。同時に築地本願寺境内に現地対策本部を設置した。
9時56分 警察及び消防が小伝馬町駅の立入り検査を開始した。
11時10分 警察及び消防の許可により、運輸指令所は「丸ノ内線中野坂上駅の営業開始」と「丸ノ内線分岐線の運転再開」を指令した。
11時15分 霞ケ関駅に警視庁化学処理班が到着し、同班の指示により駅係員が駅の外に退去した。
13時40分 小伝馬町駅、築地駅、霞ケ関駅の構内及び汚染車両洗浄のため陸上自衛隊が到着した。
14時10分 丸ノ内線池袋・銀座間、四谷三丁目・荻窪間、千代田線綾瀬・大手町間及び表参道・代々木上原間で折返し運転を開始した。
17時30分 丸ノ内線、千代田線は霞ケ関駅を通過扱いとして、両線全区間の運転を開始した。
18時25分 警察から築地駅構内の安全が確認されたので、構内に入ることが許可された。
21時40分 警察による霞ケ関駅の実況検分が終了した。
3月21日
1時05分 小伝馬町駅構内の洗浄が終了した。
1時30分 日比谷線の運転再開は、安全を考慮して3時30分からとする旨の警察の見解が出された。
3時30分 日比谷線の各駅に停車していた列車を移動開始し、順次車両基地に収容した。
4時40分 日比谷線全線に試運転列車を運転し、異常なしを確認した。
4時45分 第一種非常体制を解除し、第二種非常体制を発令するとともに、現地対策本部を解散した。
5時00分 営団全線は、始発列車から所定とおり営業運転を開始した。

緊急特別警備体制の実施

地下鉄サリン事件発生後、営団では直ちに災害対策本部を設置して、第一種非常体制を敷いて警戒に当たった。警備体制については、事件翌日の1995(平成7)年3月21日から3月27日までを第二種非常体制とし、3月28日から6月15日までは特別警備体制をとって、駅施設、列車内、運行施設、換気施設等を中心に警備を強化した。

これらの警備については、具体的に次のような対策をとった。

  1. 警察官、職員による駅構内、車内及び車両基地内車両の警備を強化した
  2. 駅構内放送、車内放送、掲示文によるお客様への不審物、不審者等についての通報依頼と注意喚起を行った
  3. 警備会社警備員による駅構内の警備を強化した
  4. ゴミ箱を撤去した
  5. 地下部の自動販売機による飲料水の販売制限を行った
  6. コインロッカーを一時閉鎖した
  7. 有毒ガス発生時における処置について、マニュアルを作成し職員に周知徹底した
  8. 防犯カメラを全駅に設置することとした
  9. 有毒ガス等に対する対応についての講演会を実施した
  10. 運輸指令所、全駅、乗務区及び技術区に携帯電話機を導入した