祝「京王ライナー」誕生!座れる通勤列車ができるまで

車両

莫大な資金と長年の工事が実を結び、満員電車の「体がふれ合い、やや圧迫感がある」混雑が「新聞や雑誌を楽な姿勢で読むことができる」まで緩和する。ありがたい話ではありますが、随分感覚のマヒした話のようにも思えます。できることならゆったり座って通勤したいものです。

誰もが座って電車通勤できる日は永久に来ないかもしれませんが、追加料金を払えば座席を確保できる通勤列車はずいぶん増えてきました。京王電鉄は2018年2月22日から同社初となる座席指定制の有料列車「京王ライナー」の運行を開始します(Photo by Nyohoho CC4.0)。

空前の着座通勤列車ブーム到来

首都圏の鉄道各社は積極的に「着座通勤列車」の導入及びサービス拡大を進めています。過去5年間の関連トピックスを列挙してみると、毎年のように大きな動きがあることが分かります(関西でも同様の動きがありますが、ここでは省きます)。

2018年
京王電鉄 「京王ライナー」運行開始
西武鉄道 「Sトレイン」2往復増発、「拝島ライナー」新設
小田急電鉄 朝の上り列車を「モーニングウェイ」と改称し増発

2017年
西武鉄道 有楽町線直通座席指定列車「Sトレイン」運行開始
東武鉄道 「スカイツリーライナー」「アーバンパークライナー」新設

2016年
東武鉄道 朝の上り方面「TJライナー」運行開始
小田急電鉄 千代田線直通ロマンスカー「メトロホームウェイ」増発

2015年
京急電鉄 朝の上り方面「モーニング・ウィング」運行開始
JR東日本 常磐線特急「ときわ」「ひたち」に新たな着席サービス導入

2014年
JR東日本 ホームライナーを統合した「スワローあかぎ」運行開始

こうした列車は会社・路線ごとに位置づけや運行形態、システムが異なりますが、本稿では便宜上以下のように定義することにします。

・朝、夕夜間に運転される列車
・定期券で乗車可能で、ライナー料金等の追加料金が必要
・座席指定または定員制により着座が保証される

上記に該当する列車を大まかに分類すると、小田急・西武・京成・東武(本線)のように有料特急を運行する路線が通勤時間帯に設定する「特急型」と、京急・東武(東上線)・西武(池袋線)・京王線のような「ライナー型」に分けることができます。近年導入事例が増えているのは後者が中心です。

 

TJライナーという革新

私鉄ライナー型の嚆矢は京急が1992年に運行開始した「ウィング」号ですが、近年のブームの源流は2008年に東武東上線に導入された「TJライナー」といえるでしょう。

着座通勤列車は慈善事業として導入されているわけではなく、あくまでも民間企業の営利事業として行われるものですから、増収に寄与するものでなければなりません。ライナー専用車両の新造に何十億円も投じてしまっては、日々のライナー料金をいくら積み重ねても採算が取れないのです。

TJライナーが革新的だったのは、通常の4ドア通勤車両をベースに座席の向きを転換できる車両を導入し、クロスシートのライナー運用とロングシートの普通列車運用を兼用したことです。これによりライナー運行に要する車両費を「座席転換装置など追加設備分の差額」まで削減することに成功しました。

 

平日の夜に定員300人、料金500円のライナーを10本運転するとして、仮に全列車が満席だったとしても年間の売り上げは4億円程度ですから、この違いは事業の成否を分ける大きな要素となるのです。

実際には車両費の外に予約システム構築や専用券売機設置、検札要員の人件費なども必要になることから、鉄道会社にとっては濡れ手に粟どころかリスクの大きな投資と言えるかもしれません。それでも各社導入を急ぐ背景には、路線価値の向上に着座通勤列車の存否が大きなカギを握っているからです。

 

ちなみに座席転換車両はTJライナー以前に近鉄などで実用されていますが、ラッシュ時や種別によって座席の向きを変えて使う程度で、有料の着座通勤列車として運行したのは初めての事でした。鉄道事業者の中には、追加料金を取るからには特急車両、せめて通勤電車とは異なる形の車両を使用しないと不満がでるのではないかという不安もあったでしょうし、利用者の間でも運行開始前後は設備に対する不満が語られていた記憶があります。

ところがふたを開けてみれば、座席の向きが変わる通勤電車でも何でも座れるだけで十分満足されたわけですから、事業者・利用者ともに名より実を取るための心理的ハードルを飛び越えさせた功績のほうが大きいと言えるかもしれません。現に昨年登場した西武の「Sトレイン」では、車端部のロングシートすら指定席の対象としているほどです(その分座席は通常よりも少し豪華になっています)。

 

定員制から指定席へ

着座通勤列車は座席確保の方法でも大きくふたつに分類することができます。ひとつは「指定席」方式で、各利用者にそれぞれ座席を割り当てるため、必ず座席が確保されています。もうひとつは「定員制」で、座席数より若干少ない自由席のライナー券を発売することで着座を保証する方式です(号車だけ指定されるケースもあります)。

もともと有料特急を運行している路線では指定席システムを流用できるため、特急型の着座通勤列車は指定席方式を取るケースがほとんどです。予約、発券、検札などすべてのシステムを流用できるので一番効率的で望ましい方法です。

しかし有料特急を運行していない路線に指定席発券システム新規導入するには巨額の費用を要するため、京急や東武東上線では始発駅の乗車時にまとめて検札し、あとは下車するだけの簡易な定員制を採用しました。

 

定員制は始発駅で満席になって以降の停車駅で下車していく路線には適していますが、複数の主要駅で乗車が分散する路線には向きません。駅ごとに発売枚数を割り当てると販売効率が悪くなる上、乗車時の検札によって停車時間が延びてしまうからです。

夜の下り列車は定員制に適した路線であっても、乗車駅と降車駅の関係が逆になる上り方面では、乗車駅ごとに細かく定員を割り当てなければならず、それぞれ検札要員と停車時間が必要になるため、サービスの利点と弾力性が損なわれてしまいます。

その他、定員制は座席確保を巡るトラブル・クレームに発展するケースが多かったのと、着座列車を日常的に利用するようになると席を選びたい、確実に確保したいというニーズが増えてきたこともあって、TJライナーを除き指定席方式への移行が進んでいます。

近年は携帯電話・スマートフォンを利用したチケットレスサービスの普及により、券売機や係員を大きく増やなくても指定席システムを導入できるようになり、車内改札も車掌の携帯端末に座席の発売状況を表示することで効率よく回れるようになりました。乗車時に全数チェックを要する定員制よりも、トータルの手間は少なくなったとすら言えるかもしれません。

これまで指定席列車の運行経験・システムを持たなかった京王電鉄が、京王ライナーに指定席方式を採用したのは、

・上り方面運転や観光列車など今後のサービスの拡大を視野に入れている
・単なる着座から指定席の確保へと変化するニーズに対応
・指定席システム導入のコスト、運用面のハードルが下がった

などの要因によるものと考えられます。実際、京王電鉄は今後のサービス拡大に前向きなコメントをしているようです。

京王電鉄によると「初めてなのでまず夜の下りから運行する」とのことなので、休日は行楽用として走る、また朝の上りでも走るなど、京王電鉄の座席指定列車は今後、さらなる展開も考えられます。なお5000系電車は、京王線と直通運転を行っている都営地下鉄新宿線も走行可能です。

出典:乗りものニュース(2018年1月24日)

 

今後の着座通勤列車拡大の展望

京王ライナーの登場により、東京の大手私鉄で着座通勤列車を運行していないのは東急だけとなりました。もっとも、2017年から「Sトレイン」の東横線直通運転が始まっており、既に指定席列車の運行はスタートしています。

現在は土休日に観光列車として上下5本のみの運転ですが、既に指定席券は東横線全駅で予約・発券できるようになっています。ネックとなるのは、元町・中華街、横浜、渋谷いずれのターミナル駅とも構造上長時間の停車ができず、車両清掃や座席の転換など列車運用上必要な作業をする余裕がないことですが、昨年末に元町・中華街駅の終端部に車両留置場を設置する工事計画が動き出したことから、この工事の完成が着座通勤列車運行開始の目安になるのではないでしょうか。

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2022年度を予定する相鉄との直通運転開始により長距離通勤旅客の増加が見込まれ、また直通用の新型車両導入も必要になることから、これを機にまとめて動き出す可能性もあるでしょう。

今後も着座通勤拡大の動向に注目です。