【商業記事紹介】新宿や有楽町も目指した! 京成が考えた戦後の都心直通構想

[1946-1956]鉄道と戦災復興

乗りものニュースプレミアムで毎週都市交通の歴史にまつわる記事を執筆しています(記事一覧はこちらからご覧いただけます)。

月額398円(税抜)のプレミアム会員限定の記事ですが、会員でない方も記事の一部は読めます。興味があれば是非ご加入いただけますと幸いです。

新宿や有楽町も目指した! 京成が考えた戦後の都心直通構想

押上をターミナルとして開業した京成電鉄。のちに上野にターミナルを建設して都心乗り入れを果たしましたが、終戦直後にはさらに深く都心に入り込む路線を計画したこと...

押上をターミナルとして開業した京成電鉄。のちに上野にターミナルを建設して都心乗り入れを果たしましたが、終戦直後にはさらに深く都心に入り込む路線を計画したことがあります。幻に終わった都心直通線は、どこを通る予定だったのでしょうか。

  • 京成電鉄が抱える“弱点”
  • もくろみが外れた「押上起点」
  • 疑獄事件を経て上野乗り入れを果たす
  • 大江戸線ルートで新宿を目指す
  • 上野線の新宿延伸から押上線の有楽町延伸へ

関連記事

関東大手私鉄の多くは山手線の駅から郊外に伸びています。終戦直後には山手線を越えて都心に乗り入れる構想が多数浮上しましたが、最終的には地下鉄との相互乗り入れに...
現在の東急電鉄は地下鉄4路線と相互直通運転を実施しています。そこには100年以上から積み重ねられてきた、東急の都心進出の「野望」がありました。