【新橋駅幻のホームの謎を追え!】第3回 省新橋駅付近会社線ト譲渡線トノ連絡ニ関スル打合会

新橋駅幻のホームの謎を追え!

(過去の記事はこちらから)

省新橋駅付近会社線ト譲渡線トノ連絡ニ関スル打合会

鉄道省は1932(昭和7)年10月1日、門野ら東京高速鉄道グループへの3号線(渋谷・東京間)、4号線(新宿・築地間)免許の譲渡を正式に許諾すると共に、東京市・東京地下鉄道・東京高速鉄道に対して「同種鉄道相互間ノ横断、連絡等ニ関シテハ当面ノ利害ヲ離レ、当事者間ニオイテ円満ニ協定ノ進捗を見ル」ために「省新橋駅付近会社線ト譲渡線トノ連絡ニ関スル打合会」を開催するよう命じました。「会社線」とは東京地下鉄道線のこと、「譲渡線」とは東京高速鉄道に譲渡された3号・4号線のことを指します。

なぜこの時点で連絡に関する打ち合わせが必要だったかというと、虎ノ門から銀座付近にかけては複数の免許線が集中する最重要エリアであるにも関わらず、これから免許が譲渡される東京高速鉄道だけでなく、既に京橋まで工事を進めていた東京地下鉄道も設計が確定していなかったからです。東京地下鉄道は1920(大正9)年に免許を取得してから、1923(大正12)年、1931(昭和6)年と二度にわたって新橋・品川間の施工認可申請をしていますが、未だ認可に至っていませんでした。

東京地下鉄道としては着工を間近に控えている京橋・新橋間の設計を早期に確定させる必要がありますが、特に新橋駅のホームや線路の形状は、新橋から先のルート・構造の方向性が固まらなければ決定することができません。例えば東京地下鉄道の延長線は新橋を出てすぐにカーブするのか、しばらく直進してからカーブするのかによってトンネルの深さや幅が変わります。3号線が新橋を経由して駅を設置するなら東京地下鉄道側も乗り換えを考慮した設計をしなければなりませんし、新橋で線路を繋げたり立体交差させなければならないとしたら駅の構造も大幅に変わってきます。いずれにせよ東京高速鉄道との調整が不可欠になることから、鉄道省はこの打ち合わせを設定したのです。

第1回打ち合わせ

1932(昭和7)年11月11日に開催された第1回会議の場で、鉄道省監督局長は議論の前提として以下の条件を提示しました。

・渋谷線及五反田線ト新橋浅草線トハ車両ヲ直通シ得ル様設計スルコト
・渋谷線ハ新橋駅ヲ経由セズシテ途中ヨリ東京駅迄分岐スルコト

右ヲ前提トシテ両地下線ノ接続点ヲ何レニスルカヲ決定セラレ度シ

出典:東京地下鉄道議事録(地下鉄博物館蔵)

渋谷線とは東京市から東京高速鉄道に譲渡された3号線の渋谷・東京間のことで、五反田線とは東京地下鉄道の新橋から先の区間を指しています。1932年11月当時、東京地下鉄道は新橋から品川・五反田両方面の免許を有していましたが、大正14年の地下鉄整備計画内務省告示第56号では1号線は五反田方面に延伸する路線とされていたことから「五反田線」と呼称されています。

鉄道省は渋谷線と五反田線は直通運転できるよう設計すること、渋谷線は新橋駅を経由せずに東京駅に向かうこと、この2つの条件を前提に両路線の接続点を決めるよう求めます。

東海道線の高架をくぐる新橋駅で接続するとなると設計や工事に時間がかかって新橋開業は間違いなく遅れるので、それを避けたいという思惑があったのかもしれません。また新橋で接続するなら同じ会社の五反田線の方が理に適っているという判断もあったのでしょう。渋谷線は新橋の手前で五反田線と接続し東京駅に向かう、五反田線が新橋に繋がる、これが鉄道省のイメージでした。

 <決定事項>

・鉄道省ニテ連絡関係ノ大体設計ノ種々ノ案ヲ作成シ此ニ基キテ改メテ審議スルコト
・当社ニテハ新橋迄ハ速カニ請負ニ付シ度キヲ以テ右案ハ出来ルダケ速カニ決定スル様早川専務ヨリ希望アリタリ

この会議ではすぐに結論が出ないため各社とも一度持ち帰って検討し、次回会議までに鉄道省がいくつかたたき台を用意した上で、改めて審議することになりました。

第2回打ち合わせ

二週間以上が経過した1932年11月28日に第2回会議が開催されました。鉄道省からいくつかの設計案について説明があった後、各社の検討結果が発表されました。

第一回打合会決議ニ基キ鉄道省側ヨリ連絡関係ノ大体設計ノ種々ノ案ニ就キ説明アリタリ

代行会社側ヨリ渋谷東京駅線ハ芝口ニテ弊社線ヲ横切リ復興計画第一号幹線道路下ニ入レ度キ希望アル趣申出デアリタルモ監督局長ヨリ根本主意ニ反スル趣説明アリタリ

結局弊社側ノ虎ノ門ヲ連絡ノ接続点トスル案ヲ議題トシテ代行会社、市電気局、弊社ニテ協議決定ノ上鉄道省に報告スル事ニ決定ス

ここで東京高速鉄道(代行会社)は思いもよらぬ提案をします。3号線は新橋を直進して復興道路1号幹線すなわち昭和通り方面に延伸したいというのです。免許から逸脱した提案はそもそもの趣旨に反すると鉄道省に牽制されていますが、東京高速鉄道と他の参加者の間には、最初から大きな隔たりがあったことが窺えます。

結局、東京地下鉄道の提案する虎ノ門駅接続案を元に3者で検討を進め、結果を鉄道省に報告することになりました。地下鉄博物館には、虎ノ門接続案の図面が遺されています。

この構想では虎ノ門駅は総武中央緩行線・中央快速線の御茶ノ水駅、あるいは地下鉄でいうと銀座線・半蔵門線の表参道駅や有楽町線・副都心線の小竹向原駅のような方向別の対面乗り換え構造となり、さらに出発直後にシーサスクロッシングが設けられていることから、渋谷線・五反田線の相互の乗り入れも想定されていたことが分かります。

第3回打ち合わせ

ところが翌日11月29日に開催された第3回打ち合わせで接続駅問題は先送りとなりました。

代行会社ニテハ渋谷線ヲ一号幹線道路ニ入レ度キ希望アリ、若シ一号幹線ニ入ルルトスレバ弊社第八工区施行認可出願範囲迄ハ弊社設計通リニテ大体支障ナキモ、代行会社ニテ新橋ニ駅ヲ置ク場合ニハ成ルベク芝口側ニ近ク設置シタキ希望アルニ付右設計ヲ弊社ニ依頼アリタリ

連絡接続駅ノ位置ニ就テハ、代行会社トシテハ未ダ充分研究シ居ラゼルヲ以テ不取敢、弊社ノ第八工区出願設計ノ可否ヲ定ムルノミニ限定シタキ趣代行会社側ヨリ希望アリタリ

虎ノ門ヲ連絡ノ接続駅トスル場合、弊社線ノ虎ノ門ヨリ飯倉ニ至ル線路ニ付、電気局側ノ意見ヲ徴シタルニ若シ右線路ニ関シ鉄道省ニテ支障ナシト決定シ命令スレバ、市トシテハ大体支障ナカルベシトノ事ナリキ

要スルニ本日ノ協議ニテハ弊社第八工区出願範囲内ノ設計ニ就イテハ代行会社トシテハ大体支障ナキ趣ナルモ連絡ノ接続駅ニ就イテハ何等決定セザリキ

東京高速鉄道はあくまでも昭和通りへの乗り入れを希望し、虎ノ門接続案についてもまだ研究が不十分につき結論は出せないということで、東京地下鉄道の第8工区(銀座・新橋間)の設計に限定して協議をしたいと主張。東京地下鉄道側も最優先で第8工区の設計を固めてしまいたかったこともあり、両路線の接続駅問題は棚上げとなりました。

「連絡ノ接続駅ニ就イテハ何等決定セザリキ」これが後々尾を引くことになるのです。

続く