乗車ポイントサービスは鉄道の運賃制度を分かりやすく変えるだろうか

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前回の記事では東京メトロのカオスなポイントサービスを紹介しました。名前も仕組みもややこしく、現状ではとても褒められたサービス体系ではありませんが、もしかすると今後これまでにない新しいサービスにつながる可能性を秘めているかもしれない…という続編です。

乗車ポイントサービスの導入事例

メトロポイントのようなクレジットカードに紐づいたポイントサービスにおいて、乗車に応じてポイントを提供する試みは、東急電鉄小田急電鉄などでも行われています。

TOKYU CARD ClubQ JMB PASMO東急電鉄は自社クレジットカード会員向けに「電車とバスで貯まるTOKYU POINT」と「のるレージ」の二つのポイントシステムを導入しています。TOKYU POINTは定期券の購入や東急グループのサービス利用で加算されるポイントで、乗車に応じてポイントが獲得できるキャンペーンも行っています。のるレージは東急線の各駅で下車すると「のるる」というマイレージポイントが貯まり、グッズとの交換やプレゼント応募ができるというサービスです。

小田急電鉄では自社クレジットカードを使用したオートチャージサービス利用者向けに、1か月間に小田急線で利用した運賃の総額に応じた小田急乗車ポイントを付与しています。付与率は金額によって1%から7%まで変わり、たとえば月1360円以上利用すると1%、月2万円以上の利用で7%のポイントがもらえます。貯めたポイントは1ポイント1円相当としてロマンスカー料金や提携サービス代金として使ったり、JALマイルに交換することができます。

一方、メトロポイントクラブと同じようにクレジットカード非保有者でもポイントをためることができるのが東京都交通局の「ToKoPo」です。

申し込みすると送られてくる会員証とPASMOを紐づけて登録することで、都営地下鉄や都営バス、舎人ライナー、都電荒川線に乗るたびにポイントが付与され、貯まったポイントは券売機で1ポイント1円相当でチャージすることができます。ToKoPoとメトロポイントクラブは、会員証の有無や付与ルールに違いはあれど基本的に同じようなサービスなので、もしかすると将来的な共通化を見越しているのかもしれません。

これらのサービスは対象者や適用条件は異なりますが、いずれも実質的に鉄道運賃を割引(キャッシュバック)する制度として機能しています。

 

ポストペイカードによる運賃割引の事例

PiTaPaベーシックカードもうひとつ別のアプローチで鉄道運賃を割引するシステムがあります。関西圏の私鉄・地下鉄が共同で導入している日本では珍しいポストペイ方式のICカード乗車券「PiTaPa」です。「ポストペイ(後払い)カード」とは、SuicaやPASMOのように利用金額を先払いして残額がなくなるまで使える「プリペイド(前払い)カード」に対して、利用分の運賃を後でまとめて請求される仕組みのもので、つまるところクレジットカードです。

この仕組みを活用して一部の鉄道会社は、一定回数以上の乗車に対して請求時に割引を適用するサービスを行っています。

大阪市交通局|利用額割引 マイスタイル
利用額割引「マイスタイル」の割引額や各プランをご確認いただけます。

一部事前登録が必要にはなりますが、利用額に応じて「通常運賃」「回数券運賃」「定期券運賃」のうち最も安い金額が自動的に請求されるので、どのように利用してもお得に使えるという関西圏らしい非常に画期的なシステムです。しかしながらPiTaPaはクレジットカードの扱いになるため、申し込みの手間や審査が必要になることもあって、あまり普及していません(審査なしで申し込めるカードもありますが高額の保証金が必要です)。

高速道路の料金収受システムは、昔はハイウェイカードというプリペイドカードが用いられていましたが偽造問題で廃止となり、現在はポストペイシステムであるETCが導入されています。これもETCカードというクレジットカードを必要とするため普及のハードルが高いと言われてきましたが、現在は90%以上の普及率(国交省統計)となりました。首都高はETCを前提として料金体系を合理化しましたし、今後は渋滞状況に応じて割引率を変えることで迂回ルートへの誘導が検討されているなど、交通需要マネジメントとしての活用が本格化しています。

自動車保有者と公共交通機関利用者は同列に語れないとしても、鉄道もICT技術を活用した弾力的な運賃制度を取り入れることで混雑緩和や利用促進を進めなければならない時期にきていることは確かです。

 

旧態依然としたままの運賃制度は変わっていくか

ICカード乗車券の普及によって、きっぷの購入や乗り越し精算の手間は大きく解消されました。改札を眺めていると高齢者のほとんどがICカードを利用していることからも分かるように、あまり頻繁に鉄道を利用しない不慣れな利用者ほど恩恵があったとすら言えるかもしれません。しかし日常的に鉄道を利用する層にとっては、鉄道の運賃制度は未だにややこしいままです。定期券の割引率を解説した記事でも取り上げたように、一部の鉄道会社では定期券よりも回数券の方が安くなるケースが生じていますし、利用回数によっては一日乗車券を検討することもあるでしょう。これらの乗車券のほとんどがICカードではなく磁気券として提供されているのも利用者を悩ませます。こうした複数の割引制度を自動的に判定、適用することができれば、安心して鉄道を利用できるようになります。

またETCのように時間帯や区間によって運賃設定を変えることで、鉄道利用の分散と混雑緩和を実現することもできるでしょう。東京メトロは10年以上前から東西線でオフピーク通勤・通学を推進する「早起きキャンペーン」を展開し、キャンペーン用の独自端末と独自ポイントを付与してきましたが、今後はメトロポイントクラブ内に「オフピークポイント」を導入していくと発表しています。全線的・通期的なキャンペーン展開が進むかもしれません。東急電鉄も朝7時までに改札を通過すればポイントを付与するキャンペーンを期間限定ですが実施しています。

こうした運賃施策は、たとえばロンドン地下鉄のICカード乗車券「オイスターカード」でピーク運賃(朝夕ラッシュ時)とオフピーク運賃を分けたり、一定額以上利用するとそれ以上請求されなくなる(事実上一日乗車券扱いとなる)など、既に実施事例があります。

オイスターカード

もちろんイギリスと日本では運賃システムも交通事情も違うのですが、日本の現行の運賃制度でも同様の仕組みは可能との研究もあります。

オイスターカードのような運賃制度は,わが国にでも採用事例がある.関西地区では「PiTaPa」を活用し区間指定割引を月単位で行っており,たとえば大阪市交通局では特定区間の乗車に対する請求額を6か月定期の6分の1を上限とする運賃制度を導入している.

今後,オイスターカードのような画一料金と二部料金を組合せた運賃制度を活用できる候補としては,単券と一日乗車券の組合せが可能な地下鉄があげられる.多くの地下鉄では,既に一日乗車券が発売されており,新たに一日乗車券を設定する必要がないし,特に3大都市圏の地下鉄は,面的なネットワークを持つため,都市部での回遊性を向上させるのに大きなインパクトを持つ.

以前は運賃の管理が困難であったが,現在はICカードが普及しており,管理は可能である.乗車するごとに課金し,一日乗車券の額が上限となるようなシステムにすればよい.

出典:第50回運輸政策セミナー(2015年2月10日)「都市鉄道における運賃制度について」(PDF)

 

PiTaPaを活用した割引制度つまりポストペイの利点を、プリペイド並みに普及させることができれば、運賃の在り方は相当変わってくるでしょう。

メリット デメリット
プリペイドカード 先払いなので誰でも簡単に持つことができる 事前に条件を指定できない割引は適用できない
ポストペイカード 利用実績に応じて後から柔軟に割引を適用できる クレジットカードの扱いになるため気軽に持てない

 

プリペイドとポストペイの“融合”は鉄道の運賃制度に変革をもたらすか

ここでToKoPoやメトロポイントクラブに一つの可能性を見出すとすれば、クレジットカードと連携した囲い込み戦略としてのポイントサービスではなく、(申込みや登録が必要とはいえ)誰にでも開かれたポイントシステムが普及するのならば、プリペイドとポストペイの融合が可能になるかもしれない点です。

ただし現状では回数券(11枚綴り)の割引率9.1%に対して、これらポイントサービスの割引率(還元率)は2%足らずでしかありません。

ただしメトロポイントクラブには10乗車ごとのボーナスポイントが設定されていることから、将来的に付与ポイントを拡大し、回数券の代替とすることまで視野に入れていると考えられます。仮にボーナスポイントを150ポイント/10乗車/月とすると、同条件下の割引率(還元率)は8.9%にもなります。休日利用時のホリデーポイントの設定次第では土休日回数券、利用時間帯を条件に含めれば時差回数券といったように、味付け次第で様々な割引を自動適用できるのです。

つまり、運賃は乗車時にプリペイドとして収受し、実際の利用回数・状況に応じてポストペイとしてポイントを付与することが可能になります。極端なはなし、1日20回地下鉄に乗車したならばPASMOからは165円×20回=3300円引かれますが、一日乗車券600円との差額2700円を後でポイントとして返せばいいのです。またポイント率の改定であれば運賃改定よりもハードルは低いでしょうし、ICカード側のシステムを改修する必要もないので、これまでは様々な制約によりできなかった柔軟な運賃施策が可能になるというわけです(あんまりやりすぎると国交省が介入してくると思いますが)。

できればもっとスッキリしたシステムをゼロベースで構築してほしいですが、あまりにも影響範囲が大きく間違いなく実現しないでしょうから、取り急ぎ各社の範囲でできることとして各社独自のポイント還元が拡大して実質的に運賃制度の変容が進んでいく、というのは十分あり得るのではないかと思います。

 

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