書評『日本の鉄道は世界で戦えるか(川辺謙一)』

書評・論文紹介

川辺謙一氏の新著『日本の鉄道は世界で戦えるか―国際比較で見えてくる理想と現実』が発売されました。著者本人による紹介記事がTwitterの鉄道クラスタの間で「炎上」するという形で発売早々にして注目されましたが、本の内容を読んで論評している人はまだいないようですので、内容の紹介とちょっとした交通整理をしてみようと思います。

まずこの本の立ち位置を明確にしなければなりません。「世界一」と思い込んでいるのは誰なのか、著者は誰に向かって何のために警告しているのか、これがすれ違ったままでは不毛な議論が続くだけです。

たとえば、各媒体では左の画像が「表紙」として使用されていますが、実は下の部分は帯で、本来の表紙は右のようになっています。紹介記事でも「世界一」という煽り文句をめぐって様々な反応が飛び交いましたが、帯のあるなしで随分印象も変わってくるでしょう。

ワーディングやマーケティング手法のために本来伝えるべきのメッセージが不明瞭になっているとしたら非常にもったいない話ですので、あわせて著者の問題意識を前提に本書の主張に過不足が無いかを検討してみたいと思います。

 

著者と編集者の目的意識

著者の川辺謙一氏は鉄道・道路・自動車といった交通分野を中心に、専門的な技術を分かりやすく解説する「交通技術ライター」として活動してきた人物です。自身も化学系の技術者として実務経験があり、科学的な視点と知識をベースにメーカーや事業者などを徹底的に取材することで、一般からは見えにくいけれども身近な技術を広く伝える仕事をされています。本書のあとがきには、氏の立ち位置と問題意識が端的に記されています。

私は現在交通技術ライターとして活動しています。鉄道などの身近な交通機関を通じて技術を一般向けに紹介する活動を10年以上続けてきました。動機はシンプルで、より多くの人に科学や技術に興味を持ってほしいと思ったからです。そのため、学生時代から、今で言う「サイエンスコミュニケーター」、つまり、科学や技術の事を一般向けに翻訳する職業に就きたいと考えていました。

本書の担当編集者である草思社の久保田創氏もまた、そうした書籍を多く手掛けてきた方のようです。

久保田 創 草思社編集部
1998年より草思社に勤務、主にポピュラーサイエンス書とクルマ関係書を担当。主な担当書籍は『異端の統計学 ベイズ』『宇宙を織りなすもの』『機械より人間らしくなれるか?』『雲のカタログ』など。

出典:http://honz.jp/articles/-/40597

本書はこのような目的意識から生み出されたポピュラーサイエンス、つまり通俗科学や大衆科学といわれる一般向けの科学書のジャンルに属する書籍です。鉄道に関する専門的な知識や、継続的な関心を有しない、一般大衆向けに書かれた本であるということが前提となります。

 

ポピュラーサイエンスの役割

ポピュラーサイエンスとは技術と社会の健全な共存・共栄を実現するための取り組みであり、技術の健全性の一つの目安でもあります。高度に発展した科学技術は、私たちの生活に様々な恩恵をもたらすと同時に、地球環境や人類の存亡を脅かすほどの強大な影響力を持っています。だからこそ、科学技術が一般大衆の直感では理解し得えない次元のものになったとしても、一部の技術者・科学者のみが触れられるブラックボックスにしてはなりません。それは福島原発事故の例を出すまでもなく、私たちの社会にとって大きなリスクとなるからです。技術はあくまでも人々の意思を体現する道具であって、技術への隷属は破滅の道に他ならないのです。そうした観点からポピュラーサイエンス役割は益々重要なものになっているといえるでしょう(ここでは科学技術に絞って話を進めますが、これは金融や社会システムについても同様です)。

しかし、どのジャンルにせよ専門的領域を一般向けに「翻訳」するのは容易なことではありません。いくら平易な言葉に置き換えても、紙幅を費やしても、専門性そのものを理解させることはできないし、そこに拘泥すればするほどポピュラーサイエンス本来の役割から乖離してしまうからです。伝えるべき「分かりやすさ」をはき違えてしまうと、逆に技術と社会の信頼関係を損ねる結果となることもありえます。

たとえば、厳密な意味でのポピュラーサイエンスではありませんが、同じ草思社から出版されている川島令三氏のベストセラー「全国鉄道事情大研究」シリーズは我々に大きな示唆を与えてくれます。今ではネタ扱いの川島氏ですが、混雑や不便さを「仕方ない」ものとして受け入れていた1980年代の鉄道利用者に、様々な改善アイデアがあるということ、鉄道はもっと変わる可能性があるのだということを示した功績は決して少なくないはずです(であるからこそベストセラーになったのです)。しかしそれが可能性を知るための手がかりではなく、物事を安易に解釈するためのツールになってしまうと、人々を理解から遠ざけることにしかならないのです。

 

本書の構成とメッセージ

さて話を本題に戻しましょう。本書の構成は大きく前半と後半で分かれています。1章から5章は海外との比較から日本の鉄道の特殊性を明らかにするとともに、技術面、歴史面での相対化を試みています。取材手法は非常に丁寧で、日本、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツについて、現地取材による情報を交えながら、様々な角度から簡潔に比較していきます。読者は、海外にはそれぞれの歴史・技術・環境に適応した鉄道の姿があるということを知り、日本の鉄道の在り方は非常に特殊な条件によって成り立った「例外」であったと気づくのです。

6章から8章は日本人が鉄道に対して漠然と抱く信頼感や愛着、あるいは時に過剰な期待の源泉を辿るとともに、そうした「鉄道万能論」がもたらす現実とのギャップが、日本の鉄道事業の健全な発展を阻害し、むしろ鉄道の役割を狭めているのではないかと問いかけます。問題提起は日本の鉄道の海外展開に留まらず、人口減少社会で転換期を迎える公共交通の在り方そのものにまで及びます。

著者の立ち位置と目的はシンプルです。著者はジャーナリストではなく研究者でもなく、ポピュラーサイエンスを舞台に地道に活動してきたライターです。本書に一貫しているのは、一般大衆と専門家の両方と向き合う翻訳・通訳活動で直面した疑問や違和感を出発点として、政府と国民の思惑・期待に振り回される鉄道事業者の不幸な役回りを解決し、国内外の鉄道を始めとする交通をもっと豊かなものにしていきたいという思いです。

 

3つの軸は議論に必要だったのか

本書では二つの軸を用いて日本の鉄道の相対化を試みています。ひとつは海外の鉄道との比較、もうひとつは国内における鉄道と鉄道以外の交通モードとの比較です。前者における日本人の信仰が「日本の鉄道は世界一」であり、後者におけるそれが「鉄道万能論」です。さらにそのような認識が定着した経緯として時間軸(鉄道史・交通史)を用いています。必然的に主語(日本人、世界)が大きくなってしまいますし、3つの軸それぞれで議論をモデル化していますので、3つの軸を掛け合わせると、一面では前提条件が複雑すぎることに、一面では結論が単純すぎることになってしまうのです。当然反証も多く出てくるので議論が拡散しがちになります。

個々の論点についての賛否、評価はここでは触れませんが、少なくともポピュラーサイエンスとして考えた時に議論が迂遠すぎるのではないか、そして著者の目的を達成するために「日本の鉄道は世界一」「鉄道万能論」という仮説は必要だったのか、という点について疑問が残ります。

たとえば鉄道万能論について、確かに鉄道を敷設すれば万事解決という時代は歴史上ありましたが、やがて新幹線を引けば解決、高速道路を引けば解決、空港をつくれば解決というふうに、右に倣えの安易な「解決策」が繰り返されてきたのが現実です。日本と世界の比較についても、日本人は日本の鉄道が好きというよりは、他の選択肢を何も知らないというのが実態です。公共交通機関としての鉄道をどのように位置づけていくか、あるいは鉄道以外のモードへの転換を図るべきか、本質的な目的論を欠いたまま手段ありきの議論を進めてきた結果、路面電車も鉄道貨物もローカル線も何度死んで何度生き返ったのかよく分かりません。最近流行のLRTやBRT、パークアンドライドからコミュニティサイクルにしても、相も変わらず「○○を作れば解決(あるいは○○を残せば解決)」というメンタリティによって語られている事例が少なくありません。

「国内公共交通の維持・発展」と「現実的な海外成長戦略」を実現するためには、まず「選択肢の存在」を認識させることから始めなければなりません。そして、公共交通に対して当事者である私たちは、もっと自由に考えて声をあげていいんだということを、繰り返し説いていくしかありません。著者の海外鉄道に関する丁寧な解説は、読者に選択肢の存在を認識させるのに十分足りるものなのですから、迂遠な仮説は必要ではなかったように思うのです。何よりも、問題の根幹が長い年月によって生み出された「日本人の価値観」にあるのならば、それこそ何十年しなければ変えようのない話になってしまうのですから。

 

日本人とSHINKANSENの出会い

日本人は本当に「鉄道好き」なのか、「日本の鉄道が世界一」と思っているかという問題については、定量的な検証は難しいところです。好きか嫌いかと問えば大多数は「興味がない」と答えるはずです。一方で10年来の鉄道ブームはなお盛り上がりを見せており、関連商品・書籍が次々と出ていますし、テレビ番組でも鉄道企画は特に視聴率が取れると言われています。個別具体的な興味・関心・知識があるかどうかは別にして、特に都市部で生活する日本人にとっては、最も身近で共有できる話題のひとつであることは確かなようですが、日常的に世界と結びつけて考える思考法があるのかというと少々疑問符が付くところです。

これは厳密な検証を経ていない私の仮説ですが、日本人が鉄道と世界を結びつけて語るようになったのは1990年代後半からだったように思います。契機となったのは台湾新幹線をめぐる受注合戦ではないでしょうか。一度は欧州勢が優先交渉権を獲得しながらも、ドイツICEの脱線事故と台湾大地震を受けて日本が逆転採用にこぎつけた一連の騒動は、日本人に海外高速鉄道の存在を知らしめるとともに、新幹線の優位点を認識させました。たとえば安全性については(台湾逆転受注の決め手となった)地震対策や死亡事故ゼロが盛んに語られましたし、(ライバルの欧州勢に対する形で)新幹線の強みは速度競争ではなく輸送効率だということも注目が集まりました。運行本数が多いとか、遅延が少ないとか、折り返し時間が短いだとか、全てが「世界が驚嘆する新幹線」というストーリーに結び付けて語られるようになりました。

その後、政府のバックアップによる新幹線輸出が本格化し、中国高速鉄道という分かりやすい敵役が出現したこともあり、そうした解説が広くニュースで繰り返され、一般人の間にも共有されるようになってきたように思うのです。

外国人を呼んで日本のすごいところを語らせるテレビ番組でも鉄道ネタは鉄板で登場しますし、。海外に自慢したいものランキングのような企画でも鉄道(の便利さ)は常連です。

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クールジャパンの鉄道戦略

ここで注目すべきは、日本スゴイ番組やランキングに頻出する「四季」「アニメ・漫画」「食文化」「ウォシュレット」などはいずれも政府の推し進める「クールジャパン」の看板メニューだということです。クールジャパン政策に対する批判は様々な媒体で取り上げられていますのでここでは省きますが、森口氏が指摘するように「世界に誇る日本の鉄道」とは日本スゴイの薄ら寒い国策と同じ文脈で語られてきたのです。

「日本の鉄道は世界一」からクールジャパンの匂いがしてくるのは当然のことで、そもそもクールジャパンはインフラ産業輸出の対になる言葉として誕生したものです。既に世界で競争力を持っている自動車やエレクトロニクス産業(これはもう怪しいですが)に対し、これからの成長を担う「もっと評価されるべき」日本の価値として、インフラ産業と文化産業としてのクールジャパンが位置付けられたことに由来しています。

「クールジャパン」という政府の事業がある。

2010年1月に産業構造ビジョンとして作られた。今まで日本の経済をリードしてきたのは自動車産業やエレクトロニクス産業だった。しかし、これからは、ほかの産業も強くならないといけない。インフラ産業では原子力発電所や新幹線などの輸出が期待されているが、もう1つの核が文化産業の育成と強化だ。

出典:日経ビジネスオンライン(2011年1月19日)

インフラ産業輸出の一番手として期待を受けている鉄道に対して、経産省は「海外展開戦略(PDF)」を掲げていますが、この資料でもクールジャパン戦略のそれと同様のお寒い現状認識が露わになっています。

安全性と定時性さらにコストで優れているというのだから事実上全部優れていると言っているようなものでしょう。それにもかかわらず国際競争力が発揮できない理由は「欧州総合メーカーや欧州鉄道コンサルは、EU規格での案件形成を主導し、自国の企業が参加しやすい環境を整備」しているからと分析します。同様に日本も官民一体となって規格の国際標準化を勝ち取り、トップセールスを推し進め、パッケージングで売り込むことが今後の課題である、そうすれば世界は取れる、というのです。

こうした甘い認識はどこから生み出されたものなのか、国民の自尊心なのか、政府の迷走なのか、官僚の暴走なのか、メーカーの甘言なのかよく分かりませんが、ともあれ本当に危惧すべき「日本の鉄道は世界一」という妄想は、日本国民の価値観ではなく、もっと個別具体的なところに巣くっているような気がするのです。

もうひとつの別の方面から指摘をしておくと、このような認識は他ならぬポピュラーサイエンス業界によって補強されてきたという側面も否定できないということです。ここ10年で数々の「新幹線の秘密」「地下鉄の謎」「鉄道の技術」といった類の書籍が出版されてきましたが、それらは本当に鉄道に関する議論を前に進めていたのだろうかと問いかけです。私はそうしたもどかしさ、やるせなさが、著者を本書の執筆に駆り立てたのではないかと思うのです。

本書の評価は、ポピュラーサイエンスという存在意義に照らし合わせれば、一般大衆にどのように受け止められるかによって決まるでしょう。既にamazonでは「ベストセラー」タグがついていたので、鉄道マニアのみならず多くの人に届いているはずです。いずれにせよ著者には、読者・世間の反応を受け止めながら、繰り返し繰り返し発信し続けてほしいテーマです。